モノクロ写真の引き伸ばしプリント

前のページからの続きです(page 1 2 3 4 5 6)。

焼き込み・覆い焼き
先のページまでで、ストレートプリントの作成まではたどり着きました。 ディープシャドウが思い通りに黒く、ハイエストライトが思い通りに明るい状態です。 これで特に気になるところがなければ完成と言って良いわけですが、それぞれの間にある中間的な濃さの部分も考えてみましょう。
例えば白い服を着た人物の写真で、髪の黒は印画紙の濃さを上手く使った丁度良い濃さになり、白い服も布地の質感がギリギリ表れるようなベストな明るさに表現できたとします。 それぞれが、この写真の中ではもっとも濃い部分と、もっとも明るい部分です。
ところが、肝心の人物の顔が、希望よりも暗くなってしまいました。 撮影時の光線状態で、うまく顔に光がまわっていなかったんですね。
そうした場合、2通りのアプローチがまず考えられます。
上の例ではたまたま人物写真を取り上げましたが、こうした部分部分の調整はどんなジャンルのプリントでも頻繁に行われます。


道具を使ったり

手を使ったり

画面内の部分ではなく、全体のバランスを整えるためのちょっとした焼き込みというのは、かなり多く使われます。 その代表的なものが、画面の四隅を軽く焼き込む「エッジバーン」と呼ばれるもの。 これにより、全体として落ち着きが出て、まとまりが良くなる事が多いようです。

人物の顔の肌や髪の毛、衣服など、それぞれに狙った明るさや濃さがある場合は、それぞれが意図通りに収まるよう、焼き込んだり覆い焼きをしたりで調整しますが、別にどうでも良いという重要度の低い部分にも調整が必要です。
写真の構成にもよりますが、画面の中には重要な被写体である「主題」があり、あとは背景や単なる周囲というケースも多いはずです。
極端な例を挙げると、日本の国旗である日の丸は「日の丸構図」という言い方があるくらい、単純明快な構図ですが、中央の赤だけが赤であることで、非常に印象的な図になっていると言えると思います。 これが例えば、周囲の白い部分がピンクだったり、四隅や、あるいは片側の辺にまた赤があったりしたら、中央の赤い丸の印象は相対的に弱くなってくるはずです。
カラー写真では、例えば青い背景に黄色い「主題」は非常に際立って見えますが、モノクロ写真では全てモノトーンですから、グレーの中にグレーでは「主題」が活きて見えません。グレーの濃さの違いによって「主題」が引き立つように、あるいは「主題」以外のあまり重要ではない「背景」や単なる「周囲」が目立ってしまい、「主題」から目線が無駄に逸れたりしないように、「必要のない目立つ部分」を目立たなくしていくのも焼き込みや覆い焼きの役割です。
「主題」が明るい部分であるとき、どうでもよい部分が同じように明るかったら、それは無駄に明るいわけで、そのせいで「主題」の明るさが目立たなくなるかも知れません。 逆に「主題」の部分が濃いことで存在感を表現しているのであれば、余計な部分が同じように濃かったら、肝心の「主題」の濃さが活きてきません。
どこかが「明るい」というのは、そこに隣接する部分や画面内の他の部分との比較で「明るい」と認識されるものです。
濃い・暗いというのも同様で、とある部分がどんなに濃くても、まわりも同じように濃かったら「濃い」とは認識されないわけですよね。
モノクロ写真には色が無く、グレーの濃さで表現しますから、絶対的な濃さや明るさだけではなく、周囲と比較しての相対的な濃さ・明るさというのが大切なのです。
とある部分がそれ自体重要でない場合、そこが無駄に明るかったり暗かったりしては勿体ないというもの。 重要ではない部分の濃さは、重要な部分の濃さを相対的に表し、際立たせるために使うようにします。
もちろん、背景や周囲は撮影時におおいに気を使わなくてはならない要素なのですが、プリント段階でもあらためて調整していきます。

モノクロの風景写真でも、非常に多く焼き込みが行われます。 特に、青い空を表現するにはモノクロでは黒を使うしかないわけですが、青い空と白い雲を黒と白とではっきりと描き分けるには、基本的には撮影時にシャープカットフィルターで波長の短い青味の光線を遮断するのが一番です。
また、プリント時にはその部分のコントラストを上げる、つまり高い号数を使うと効果的ですが、どちらの方法でも、あるいはその両方でも、地平線より下の景色が硬調になりすぎてしまうケースがほとんどです。
そのためプリント時には、全体から見たら少な目のベース露光を与えた後に、空の部分を覆って地平から下を適切な号数のフィルターで露光し、逆に地平から下を覆いながら空の部分を高い号数のフィルターで露光する、と言ったテクニックが用いられます。 空を覆っていると捉えるか、地面を焼き込んでいると考えるかは、どっちでもいいわけですけれどね。
さらに、青い空と白い雲を高い号数のフィルターでの露光で分けたら、今度は白い雲の中の濃淡を出すために、雲の中だけ低い号数のフィルターで焼き込む、という事もあります。

人物写真を例にすれば、肌の質感を柔らかく描写するために低い号数のフィルターで肌の部分を露光し、それ以外の部分は硬調なフィルターを使う、という事も多階調印画紙なら可能です。
こうやって、異なる号数のフィルターを使って焼き込みや覆い焼きを行い、部分的にコントラストを変えるテクニックをマルチフィルタープリントと呼びます。 言うまでもなくこれは、多階調印画紙ならではのテクニックではあります。
低い号数での露光は軟調ですから、シャドウの濃度を濃くすると同時に、ハイライトの濃さも濃くなっていきますが、高い号数での焼き込みではシャドウの濃度を濃くしても、ハイライトが明るいままに残ります。 逆に、マルチフィルタープリントで、同じ部分に高い号数と低い号数の露光がそれぞれある場合には、そのどちらに対して覆い焼きを行うかで、表現が変化するのは想像できると思います。
多階調印画紙ではこうしたテクニックが使えますから、ある意味では号数紙よりも表現の可能性が高いと言うことも出来るのです。

なお、焼き込みや覆い焼きの際には、テストプリントを繰り返して効果を確認したり、それぞれの露光時間を決めていきますが、露光時間が短いと作業の繰り返し精度が保てなかったり、作業自体が困難と言うこともありますので、割合の少ない部分はレンズの絞りを絞ったりして露光時間を稼ぐとやりやすいです。


左はストレートプリント。右は覆い焼き・焼き込みで白樺の白さを強調したもの。

写真というと、ついつい感性だとかなんだとか、観念的な側面ばかり見てしまう方もおられるかと思いますが、どんなに優れた感性を持った写真家も、フィルムや印画紙無しにはプリントを作る事が出来ません。超能力や念写ではありませんから、使用する材料についての知識や認識というのはどうしても必要な物なんですね。
初心者の方がプリントを練習していくうえでまず最初に身につけたいのは、ネガ上にある情報を余すことなく印画紙に描いてみるという事だとボクは思います。
また、それを印画紙の表現幅いっぱいを使って行うというのも大切です。
ネガ上にあるディープシャドウのトーンを印画紙の目一杯濃い黒の辺りで、どれくらい出せる物なのかをよく知る事。 ネガ上にあるもっとも明るいハイライトのトーンを、印画紙の目一杯薄いグレー辺りでどんな風に描けるのかをよく知る事。
まずは、ストレートプリントで、ディープシャドウからハイエストライトまでのトーンが揃ったプリントを作れるようになりたいものです。
楽器の演奏で、習いたての最初の頃は、単純な教則本を黙々と正確に演奏する練習をするのではないでしょうか。 それがきっと第一段階でしょう。

そして、それが出来るようになったら、そこに留まらない事も大切だと思います。
ネガから印画紙へ、ストレートプリントでそのまま行けるのが最高のネガだと言う人もよく見かけますし、「パーフェクトネガ」という言葉を好んで使う人も見かけます。
まずネガありき、と言わんとする事もよく分かりますが、ボクはやや否定的です。 否定的と言うより、違う見方をしています。
ストレートプリントでトーンが揃ったプリントが作れるネガには、それ以上の事が出来る可能性がたくさんあるという事ですし、それをストレートプリントでしか使わないのはあまりにも勿体ないです。
ストレートプリントを持って全てヨシ、とするのはあまりに勿体ない。
もし、2号フィルターでストレートプリント出来るネガがあったとき、それを3号フィルターでプリントすると、シャドウは潰れ気味、ハイライトは飛び気味になるわけですよね。 そうならないよう、シャドウを覆い焼きし、ハイライトを焼き込んでみるといいです。 それだけの事で、2号でのストレートプリントとは明らかに違う表現になる事に、きっと気が付くと思います。
逆に、3号でストレートプリントできるネガを2号でプリントし、ハイライトは覆い焼きで明るさを出し、シャドウは希望の部分を焼き込んで締めていくと、これまた違った印象のプリントになります。
その次は、そのネガに対してさらに何が出来るのか、どうすればより描きたい画に近づいていくのかを、感性と技術とで探求していく事になるのでしょう。
アンセル・アダムスは上手い事を言いました。

「ネガは楽譜、プリントはそれを演奏するようなもの」

ネガの音符をそのままに演奏するならば、コンピューターに打ち込んでもいいわけです。 音楽で言うならば、人間が生で演奏するから千差万別の表現が生まれ、音は生きた物になるのではないでしょうか。

ま、ボクは楽器は出来ませんけどね。

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