染色現像液 〜 Pyrocat-HD
フィルム現像液にはいろいろな種類があり、用途や目的とする仕上がりなどにより、みないくつかの種類を使い分けたりしていると思う。
一般的には、標準現像液に加えて微粒子現像液、増感現像液、高鮮鋭度現像液などを棚にストックしているのではなかろうか。
「ピロ(またはパイロ)」と聞いてピンと来る人は案外少ないかも知れない。
ボクが染色現像に興味をもってネットでリサーチを始めてからも、日本語のサイトで「染色フィルム現像」に関する物は見つけられなかった。
実際に、日本国内で市販されているものは無いと思われるし、自家調合するにも単薬の入手が難しいのが現状だろう。
海外では90年代から「染色現像」の人気が上昇してきており、公開されている処方、市販されているパッケージも複数にのぼる。
おそらく、このページが日本語で書かれた染色現像液の紹介記事としては最初のモノかも知れない。
といっても
unblinkingeye.com に
Sandy King氏が寄稿してる内容の受け売りと、自分の経験をちょっと交えただけなんだけですけどね。
現在よく使われている現像主薬には「メトール」「ハイドロキノン」「フェニドン」の3つがまず名前を挙げられるのはご存じの通り。
他には「アスコルビン酸」や「アミドール」などは聞いたことがあるはず。
しかし、これらに先だって最初に広く普及した現像主薬は「ピロガロール」であったそうです。
19世紀半ばの事。
「ピロカテシン(ピロカテコール・パイロカテコール)」はそれよりも後れ、19世紀の終わり頃になって使われるようになったものの、ピロガロールよりも安全で安定性が高かったにもかかわらず広く普及はしなかったらしい。
ピロガロールは描出する画像の良さは認められていたが毒性が強く、空気による酸化も激しいため、20世紀に入るとその地位はたちまちより安全で使いやすいものに取って代わられ、ピロカテコールは忘れ去られたという事であります。
近代的なフィルムに向けて作られた最初の
Pyro現像液「
WD2D」は70年代に生まれ、染色現像の人気を決定づけた主流の「
PMK」は1991年に発表されました。
それ以降「
WD2D+」、昔の「
ABC Pyro」も改良版の「
Rollo Pyro / ABC+」として現在も市販されていまして、ボクが使い始めた「
Pyrocat-HD」は1999年に発表された比較的新しい処方です。
作者の
Sandy King氏によれば、ピロカテコール現像液である
Pyrocat-HDは、染色現像液のスタンダードと言える
PMKを含む従来のピロガロール現像液にくらべ数々の利点を持つといいます。
そういえば、(ボクが尊敬する)写真家
Barry Thornton氏の「
DiaXactol」もピロカテコール現像液でした。
では何故、大昔に人気を失った「ピロ」が今、観直されているのでしょうか。
それは、「ピロ染色現像」が一般的な現像液に比べて非常に優れた特徴を持っているからだそうです。
○ フィルムベースに付加される色素が銀粒子の濃度に比例してプラスとして働き、銀粒子を包むため階調が滑らかになり、粒子が目立たなくなる(グレインマスク効果)。
これらの効果は特にハイライトで顕著に表れる。
○ 現像過程で染色されたフィルムでは現像中の乳剤層で銀粒子が移動しにくくなり、また他の現像液に比べてより高いエッジ効果を発生させ得ることから、とくにハイライトでのシャープネスが一般的な現像液より優れている。
○ プリント時には銀粒子の濃度に相対的に加算されている染色濃度がカラーマスクとして働くため、ハイライトを飛ばさずにシャドウから中間調を豊かにプリントし得る。
こう聞くと良いことばかりのようですが、そもそもいったい「ピロ染色現像」って何なんだ、と思われる方が多いかも知れませんね。
※ "Pyro" は「パイロ」と発音するけれど、日本語ではピロガロールのように「ピロ」として使われる事が多いのでボクもそれに習います
「ピロガロール」「ピロカテコール」と言った現像主薬は、現像過程でフィルムに色を残すのです。
それ故に「染色現像液(
Stainning Developer)」と呼ばれています。
もっと簡単には、単に「
Pyro」が呼び方です。
実を言うと、大抵のフィルム現像液に含まれている「ハイドロキノン」も
Pyroに近い組成の物質で、本来は染色効果があります。ただし、染色効果は亜硫酸ナトリウムによって阻害されてしまうので、一般的な現像液ではその様子を見ることがほとんど無いのです。
Pyro現像液は、染色効果を阻害する他の成分を調整し、適切な効果を得られる処方に工夫されているわけです。
はじめてPyrocat-HDで現像されたネガを観た人は、きっと面白がるに違いないと思います。
なにしろ、普通はグレーから黒っぽいネガ上の画像が茶色なのです。
ひと目見て「これは何かが違う!」と断言できるほどのものなのですから。
この「色」は、感光したハロゲン化銀が銀に置き換えられる際の副産物なので、現像された銀粒子のあるところに発生します。
そのため、フィルム全体が一様に染色されるのではなく、感光してネガ上に固定される銀粒子の多い部分、すなわちネガ濃度の高い部分で色も濃く、薄い所では薄くなります。
フィルム全体に渡る着色を
General Stainと言い、画像濃度に比例した着色を
Image Stainと呼ぶのですが、前者は現像カブリのようなもので何のメリットもなく、ただプリント時の露光時間が余分に掛かるだけ。
後者の
Image Stainが有効な着色効果となります。
Pyro Stainは後者の着色効果を生むもので、未露光部分ではごくごくわずかな着色しか見られません。
このことはすなわち、通常の銀によるフィルム濃度に比例して染色濃度が加わることを意味していて、言い換えると銀粒子で構成されるコントラストが低くても、実質的には高いコントラストを形成し得る事になります。
さらに言い換えれば、銀粒子に対する現像量を増やして粒子を荒らすことなく、充分なコントラストを得ることが出来るわけでもありますね。
ピロカテコールを使用した
Pyrocat-HDが従来のピロガロール現像液に比べて優れている点は、ピロカテコールは毒性が低く、性質が安定しているため保存性がよい、フィルムを染める「色」が
PMKのようなグリーンではなく濃いブラウンである、現像ムラが非常に発生しにくいため静止現像やロータリープロセッシングなども容易に可能、
PMKより短い現像時間、より高いフィルム感度を得られる、などなど。
いずれも作者の言うことなので話半分に聞いておいても、安全性や保存性の良さはありがたいです。
プリントして適切となるコントラストを持つ染色現像ネガは、見た目では普通のネガに比べて現像不足に見えてしまうほど、染色によるコントラストの上昇というのは効きます。
この現象はプラチナプリントなどの特殊プリントでより顕著なメリットとなるそうです。
なぜなら、プラチナプリントなどでは銀塩プリントより極端に高いコントラストが必要になるからで、通常のフィルム現像方法では画質の劣化が著しくなるからです。
また、これら特殊プリント技法で使われる感剤は青色光やあるいは紫外線にしか感光しないのですが、
Pyro染色現像されたネガは透過する光量が波長によって大きく異なるため、可視光より紫外線域でのコントラストが非常に高くなるのです。
したがって、通常のフィルム濃度計では実際の濃度を測ることが出来ず、分光濃度計でRGBごとのデータが要る始末です。
(ボクはそこまで手を広げてないからど〜でもいいんですけど)
わざわざ使う意味があるのか
日本国内では普及していないどころか市販されてないわけですから、ちょっと特殊な現像液ではありますね。
そんなのをわざわざ使う必要があるかどうか、そのへんが問題でしょう。
ボクの場合、最初は興味半分というのが実際だったのですけれど、いざ使ってみたら、ガ〜ンとアタマを殴られた感じ。それぐらい衝撃的でした。
ひとつには、先述のように「銀粒子による濃度に相対的に加算される染色濃度」が実質的なコントラストを増すからで、この性質は特に35ミリフィルムなどの小フォーマットで有用です。
4x5などの大判では、ネガのコントラストを上げても階調の滑らかさ、粒状性共に大きな問題になりませんが、最終的な引き伸ばし倍率が上がる小さな35ミリフィルムでは躊躇してしまう事があります。
この頃、ボクは引き伸ばし機を集散光から散光に切り替えた後で、散光式用に標準現像のネガコントラストを上げたところ、高感度フィルムでは粒子が荒れてしまい困っていました。
ところが、同じく散光式ヘッドで同じ印画紙に対して適正なコントラストを得られるPyro染色ネガでは、まったく粒子が気にならないのです。
染色現像液を使うことで、実際の銀粒子濃度をおさえたまま実質的にコントラストを上げることが出来、豊富な階調情報を小さな画像面積に保持し得るというわけですね。
ハロゲン化銀を溶解することで微粒子化を図るのとは別のアプローチで、実質的に粒状性を向上させ得る微粒子現像液(
Fine Grain Developer)とも言えるかもしれません。
特にハイライト付近で目立ちがちな粒状性の悪化も少なくなり、言われるようなキレのあるハイライトのトーンセパレーションも実際に見て取れます。
さらに、この
Pyrocat-HDは「補完現像液(
Compensating Developer)」としての性格も持ち合わせています。
それは非常に高い希釈率で使うことにも由来すると思いますが、現像中の現像液の疲労によって、ハイライト部分とシャドウ部分で現像の進行度合いが異なってくることから、ハイライト濃度を抑えながらシャドウ濃度を引き出す事が出来るわけです。
結果としてごくわずかながら実質的なフィルム感度を上げることも出来ます。
また、現像ムラが発生しにくいため攪拌を極端に少なくしたり、あるいは「静止現像(
Stand developing)」も比較的容易に可能です。
そういえば、現像ムラというのを経験したことがありません(まぁ普通の現像液でも経験しませんが、さすがに)。
そうした現像メソッドによって見かけ上のシャープネスを生み出すエッジ効果を得やすくなるので、シャープな画像を得られる「高解像度現像液(
High Definition Developer)」でもあるわけです。
正直、シャープすぎる、と思うこともしばしばあります。
日頃から微粒子現像液ばかりを使って馴れていると、
Pyrocat-HDで現像されたネガからのプリントはドライすぎると思うくらい鋭いエッジを見せます。
かといって高鮮鋭度現像液のように粒状性を極端に失うわけではないのが特徴でしょう。
もっとも、あんまり手放しで褒めちゃうと嘘くさいのであれだけど、これまで何百本も現像してきたネオパン400プレストでホントに久しぶりに「おぉっ!」っと思ったのは確かです。
「違いは分かる、いや気のせい」という意見が交わされたりもしているけれど、とんでもない。「これは違うヨ」とボクはハッキリ言えますね。
もっとも、Pyrocat-HDの境界効果は小フォーマットには強すぎるようでもありますね。
中判以上だと境界効果によるシャープネスの向上が心地よく見て取れますが、場合によってはやりすぎというか、不自然な印象になってしまうことすらあります。。
もともと、作者のSandy King氏が大判や特殊技法をやっておられる方なので、小フォーマットの事はあまり考慮してないのだろうと想像してます。
なにしろ、最近はさらにエッジ効果の高い改良処方を発表したりしてますから。
どこで手に入るの?
残念ながら日本国内で
Pyro染色現像液は市販されていないと思いますので、自家調合するか海外から取り寄せるかのどちらかになりますね。
調合済みパッケージは
Photographer's Formulary から販売されていて、使用液10リットル用と50リットル用があります(それぞれ1:1:100希釈で)。
注文してから1週間くらいで届きます。
問い合わせなどしても丁寧にメールを返してくれますヨ。
2液保存なのですが、B液(アルカリ剤)はかなり保存性が良く、A液は半年くらい。
調合時は精製水の使用が奨められています。
薬品は慎重に取扱い、換気に気を付けながら調合を行ってくださいね。
処方はこちら
使用時は
1:1:100 の希釈率が標準です。
染色現像液との組み合わせでは、染色効果を失わせないようにアルカリ定着液(
TF-3,TF-4等)の使用が推奨されています。
アルカリ定着液は日本国内に市販品がありませんし、海外から買うにも濃縮液タイプのため重量がかさみ割高になりますけど。
【関連記事】
Pyrocat-HDの自家調合(
モノクロ写真フォーラム)
Pyrocat-HDで印画紙現像
★ 染色現像液には他にも素晴らしい使い方があります。
現像不足などでコントラスト不足のネガをブリーチして染色現像液で再現像すると、染色分がプラスされたコントラストのネガになります。
ボクは集散光式の引伸機を使っていた頃のネガを散光式では扱い難いなぁと困っていたのですが、この方法で散光式に合うネガに再現像することが出来ました。
印画紙の号数(多階調でのフィルターの号数)にして、およそ1号分のコントラストをゆうに追加出来ましたが、粒状性などにほとんど悪影響は見られませんでした。
とはいえ、理屈的には粒子は荒れるそうです。
この処理は繰り返し行うことで効果を上積み出来るのですが、やるほどに粒子が荒れるのでしょうね。
★ Pyrocat-HDは、ボクがこの記事を書いてからようやく日本でも利用者が増えてきたようですね。ネット上でもときどき見かけるようになりました。
やっぱり自分には合わない、と言う事で止めてしまう方もいらっしゃるようですが、それはそれでしょうがないかな、という気がします。
それくらい特徴的という事でもありますし、いろいろな可能性を試される方がいらっしゃる事自体が喜ばしいことであります。
現在ボクは、他の興味もあって同じくピロカテコールを使った別の処方に移っているところなのですが、やはりPyrocat-HDは良くバランスされた現像液だと思います。
境界効果が強すぎるのが気になるところですけれどねぇ。
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