赤外写真
どうやら最近、赤外写真の地位というか捉えられ方がグッと変わってきたような感じです。
というのも、まず、日本でもっとも親しまれていた赤外フィルムであるコニカ赤外750が製造終了となってしまった事。
また、コダックHIE(ハイスピードインフラレッドフィルム)もとうとう終了。
他に赤外フィルムというと、これまではMACOのIR820cというのも日本には入ってきていたのですが、1本が2000円近くするのでなかなか手を出しにくいという面もありましたね。そしてこれも廃盤。
別の方面では、これはフィルムのスチール写真ではないのですが、ビデオカメラに赤外フィルターを付けて盗撮まがいの事をする輩が出てきて、特に夏の海水浴場などでは大問題。報道にもよく取り上げられています。
インターネットで「赤外フィルター」なんていうのを検索すると、出てくるのはビデオカメラ用のフィルターを売るあやしげなサイトばかり。
もうひとつ、デジタルカメラの普及というのもありますね。
先にビデオカメラで赤外撮影というのが問題になってるなんて書きましたが、ビデオやデジタルカメラのセンサーはもともと赤外域に感度があります。
通常の使用では可視光だけを撮影するのですから、そのために赤外域の波長をカットするフィルターを撮影素子の前に取り付けてあります。
これを取り外す改造をしたデジカメを使うと、比較的簡単に赤外写真が撮れてしまいます。
なにしろ、赤外写真では測光が難しいためフィルムでは段階露光などが欠かせませんが、デジカメではその場で結果をみれるために非常に大きなアドバンテージがあるんですね。
なんだか正統派の赤外写真まで肩身が狭くなりそうです。
しかし、そんな事にはめげず、フィルムで赤外写真にチャレンジしてみる事にします。
だいたいからして、デジタルカメラなんぞカメラと言い張ってますが、所詮は電気画像生成機です。なにしろフィルムを入れるところすら無いんですから話になりませんね。
それに、2007年春、イルフォードからSFXフィルムが再発売。
さらに以前はMACO IR820cとして知られていたフィルムも、Efkeブランドで発売される運びになりました。
まだまだ赤外フィルムの入手には困りません。いや、むしろこれからが赤外フィルム写真の時代です。
ところで、赤外写真のテクニックなどを紹介する本やインターネットのサイトでは、フィルムとフィルターの組み合わせごとに、サンプル画像がずらっと並んでいるパターンが多いように思います。
たしかにイメージしやすくていいとは思うのですが、反面、てっきりそれでそう思いこんでしまうという感じがあるように思っています。
たしかに、フィルムとフィルターの組み合わせは大切ですが、なぜそうなのかというのを抜きにして、サンプル画像ばかりを頼りに試行錯誤しても理解はなかなか進まないと考えます。
それに、なんといっても撮影しているのは物体が反射している赤外線です。
撮影する赤外線の量は、同じ場所や同じ時刻でも、季節や天候、太陽との位置関係によって大きく変わります。
サンプル画像と同じフィルムに同じフィルターを使いさえすれば、必ずしも同じような写真が撮れるわけではありませんからね。
そこで、このページでは、なるべく別のアプローチで赤外写真を紹介したいと思います。
要するに、いつものように文字がいっぱい、というわけです。
赤外撮影の仕組み
まず、フィルムには分光感度(Spectral Sensitivity)というものがあります。
これは、そのフィルムが光の波長のどの範囲にどれくらい感度があるか、というのを示しています。
プリズムを通った光が虹のように色分けされて映るのを見た事があると思いますが、光には波長という物があり、波長の長い短いが色の違いになって現れます。
波長によってプリズムを通った時の屈折率(曲がり具合)が違うため、虹模様になるんですね。
波長の短いのは青紫、青、緑と続いて、黄、橙、赤と、だんだん波長が長くなります。
しかし、人間の目に色として見える青や紫よりも短い波長の紫外領域があり、さらにまったく見えない部分がずっとあります。それが紫外線(UV)です。
逆に、色として赤に見えるよりも長い波長の赤外領域もあり、さらにもっと長いと目には見えず、それが赤外線(IR)と呼ばれます。
いわゆる電磁波などと言われる物も含めてみんな波の仲間なわけですが、我々は人間の目で見える範囲を「光」として認識していて、その部分を「可視光」といいます。
可視光の中には色として認識される波長もあり、可視光の外に、波長が短いのが紫外線、波長が長いのが赤外線というわけ。
あとはもう、短い方はX線とか、長い方は遠赤外線とかさまざまですが、みんな電磁波の仲間です。
こうした波長は、一般的には
nm(ナノメートル)という単位であらわされます。
可視光は、もちろん個人差もあるでしょうが、だいたい380nmから始まり、760nmくらいまでと言われています。
このうち、いわゆる赤外写真で対象にしているのは、色としての赤よりも長い波長、目安として720nmかそれを越えるくらいからの、「赤外域」から「近赤外線」にかけてだと思ってください。
もともとフィルムは、感光材料である臭化銀の特性として紫外線域から可視光の青に相当するあたりにまでしか感度がありませんでした。
そこに工夫を重ねて、より波長の長い緑も写せるようになり、さらに長い波長の赤にまで感度を持たせたのが、いわゆる「パンクロマチック」フィルムです。フィルムの名前には「なになにパン」というのが多いですよね。
赤外フィルムは、パンクロマチックよりさらにずっと長い波長、可視光を越えて赤外線にまで感度を持たせたフィルムです。
また、純然たる不可視の赤外線とはいかなくても、分光感度が色としての赤の範囲を超えているものも含めて、赤外写真用フィルムの仲間に分類されます。

左のグラフは、イルフォードSFXフィルムの分光感度曲線で、一般的なモノクロフィルム(パンクロマチックフィルム)との比較を示しています。
普通のモノクロフィルムが650nmあたりで感度を失うのに対して、SFXフィルムでは740nm程度まで感度があります。
740nmでは純然たる赤外領域とは言えないわけですが、それでも普通のフィルムでは写せない領域を撮影できることになりますね。
しかし、ここで注意が必要なのは、どちらのフィルムも紫外線域から感度が始まって、それが途切れずにずっと続いているという事です。
そのまま撮影すると、普通のモノクロフィルムでは380nmくらいから650nmくらいまで、SFXフィルムでは380nmくらいから740nmあたりまで、全波長を通じて写真に写りますから、撮影した全体からすると、その違いである650nm〜740nmが占める割合は少なく、さほど違いは出ないと言う事になってしまいます。
それに、色としての可視光はだいたい380nmあたりから720nmを越えたあたりまでと先にも書きました。
いかに赤外域まで感度があっても、380nm〜720nmまでのたっぷりの可視光と、720nm〜740nmまでのわずかな幅の赤外領域との組み合わせですから、まったく赤外写真的な効果は得られないわけなのです。
実際、イルフォードSFXフィルムはISO200相当の普通のモノクロフィルムとしても使えるフィルムです。

赤外撮影で空は黒く雲は白く
さて、普通のパンクロマチックフィルムでも、イエローのフィルターを使って撮影すると見かけのコントラストが上がります。
これは、イエローのフィルターが紫外線や青の波長を持つ光を遮断するからで、遮断された部分、つまり被写体の青い部分はネガ上で薄く、プリント上で濃くなります。被写体上の青い部分が、プリント上では濃くなるわけです。
さらに、オレンジのフィルターを使うと、青から緑にかけての波長も遮断されます。
青い空がプリント上で黒く、木々の緑も濃く表現されます。
イエローやオレンジなど、モノクロ写真で頻繁に使われるフィルターは、シャープカットフィルターと呼ばれるもので、別の言い方をすると、「ロングウェーブパスフィルター」です。
「長い波長を通す」フィルターですね。「短い波長は通さない」という事。
波長で言うと、イエロー、いわゆるY2のフィルターはだいたい480nmあたりから下を遮断します。
オレンジのYA3フィルターは560nmあたりから下を遮断。
レッドのフィルターは、580nmとか600nmといったあたりから下を遮断します。
すると青い空は真っ黒、緑の木々も妙に濃くて、なんともおどろおどろしい写真になってきますが、空を黒く表現したいモノクロの風景写真ではわりとよく使われる手法です。
仮にパンクロマチックフィルムの感度が650nmまでだとすると、580nmから下をカットするレッドのフィルターでは、580nm〜650nmまでの狭い範囲の波長だけ、つまり、ほとんど「赤」だけを撮影しているわけです。
しかし、それでもまだ、可視光を撮影している事には違いありませんね。
さて、740nmといった、可視光と赤外領域の境目あたりにまで感度のあるフィルムで撮影する場合を考えてみます。
480nmから下をカットするイエローフィルターを使った場合、撮影しているのは480nm〜740nmで、ほとんどが可視光です。
580nmから下を遮断するレッドのフィルターを使った場合でも、580nm〜740nmまで撮影している中の可視光が580nm〜720nmであり、赤外部分はわずかに720nm〜740nmまで。
しかし、720nmよりも短い波長を遮断するフィルターを使うとどうでしょう、撮影しているのは720nm〜740nmであり、これはもう普通のフィルムでは撮影出来ない範囲ですし、人間の目にはほとんど見えていない波長を撮影している事になるのです。
さらに820nmまで感度のあるフィルムではどうでしょう。780nmより短い波長をカットするフィルターを組み合わせれば、可視光はほぼ完全にブロック出来ます。写真に写るのは、もはや人の目には見えない赤外線だけ。というわけです。
わかりやすく言うと、赤外域まで感度のあるフィルムに、可視光を遮断するフィルターを組み合わせ、赤外域部分だけをフィルムに届ける。これが基本です。
赤外写真のあれこれ
アマチュアのホームページなどであれこれ赤外撮影の記事を読んでいると、生意気を言うようですが、いまひとつ理解していない向きがあるような気がします。
そこで、ちょっと気になる部分を書き出してみます。
● 赤外撮影ではピントの位置を補正しなくてはいけない。
ピントの位置がずれるのは、光は波長によって屈折率が異なるため、全ての波長が同じ距離に集まるわけではないからです。可視光部分でもこの差が問題になり、それを色収差と言いますが、可視光部分に関してほとんどのレンズはこの色収差をある程度補正してあります。
その優秀なのがアポクロマートというやつですね。
しかし普通のレンズはさすがに赤外域の波長までは面倒を見てくれていません。そこで赤外撮影では補正が必要になるわけです。
この補正量はレンズによって違いますので、レンズには補正量を示すマーク、赤外指標が付いています。たいていは赤い印やRの字です(最近のレンズには付いていない事もありますが)。
いったん普通にピントを合わせてから、赤外指標までずらすわけです。
ただし、屈折率は波長によって異なるわけですから、ひとことで赤外といっても同じ屈折率ではありません。
たとえばコニカのヘキサーというAFカメラには赤外フィルム用にピント位置を修正する機能が付いていましたが、これも自社のコニカ赤外750用と、コダックHIE用の2種類を選ぶようになっていました。
それぞれのフィルムで、赤外域での感度の中心が異なるため、ピントのズレ方も同じではないからです。
当然、レンズに付いている赤外指標も、あくまでも目安でしかないわけですね。
とはいえ実際問題、撮影距離が短い場合や絞りが開いていて被写界深度が浅い場合などは補正の必要性が高くなりますが、遠景の場合や、風景写真などで絞り込んでいる場合はさほど問題にならない事の方が多いはずです。
もし正確にピントを合わせるなら、正確に撮影している波長と補正量を把握しなくてはならないのですが、それはなかなか難しいでしょう。
特に、色収差の補正が良好な今日的なレンズで、それなりに被写界深度を得られる状況ならば、それほど気にする事もないと思います。
古いレンズと新しいレンズを比べてみると、赤外指標の位置がずいぶんと違うものですが、レンズの進歩と共にこのピント位置補正の必要性というのも変化しているわけですね。
● 赤外写真に写っている被写体は赤外線を出している。
というのはほとんどハズレです。
もちろん、太陽や電球とか、燃えている火とか、実際に光や赤外線を出しているものも撮影する事がありますが、基本的に、写真は反射光を撮影しているケースがほとんどです。
被写体に光が当たり、反射して、それが目に見える、あるいは写真に写るわけ。
それは赤外写真でも同じです。
日中屋外での撮影の場合、写真に写っている赤外線のほとんどは、発生源が太陽です。
太陽が放出している光、可視光や赤外線が被写体に当たり、反射して、それを撮影するわけ。
日中、太陽が高い位置にある時に空は青く見えますが、赤外写真だとほとんど真っ黒になります。
これは、写真に写っていないから真っ黒なのです。
つまり、青い空はあまり赤外線を反射していない事になります。
雲は良く赤外線を反射するので白く写ります。空にぽっかりと雲が浮いている様子は、赤外写真の特徴でもありますね。
わずかな薄雲もくっきり写すのは通常のパンクロマチックフィルムではほとんど不可能ですから、赤外写真の大きな楽しさのひとつでしょう。
こうした遠景の風景写真などでは、空気中の水分による乱反射で「もや」がかかってしまう事が多いですが、赤外写真の場合はその影響を受けにくいので、遠景は可視光撮影よりクッキリと写す事が出来ます。
また、赤外写真の特徴として、植物の緑の葉が白く明るく写ります。
まるで雪を被ったようにも見えるので、この事をスノー効果なんて言いますが、これは、光合成を行う植物の葉の細胞が赤外線を非常に良く反射するからです。
植物が赤外線を発しているからではありません。当たり前ですが、夜中に木を撮影しても真っ黒でしょう?
ちなみに、スノー効果の事をウッズ効果とも呼ぶようですが、これは木を意味するウッドとは関係なく、人物の名前に由来するそうです。
● 室内では撮影出来ない。
というのはケースバイケース。
屋外撮影では撮影している赤外線の出所は太陽だったわけですが、室内照明でも白熱電球はかなりの赤外線を放出していますので撮影可能です。蛍光灯はちょっと厳しいですね。ディープレッドのフィルターなら撮れなくもない程度です。
なお、一般のストロボの光にも赤外線が含まれていますので、ストロボ撮影も出来ます。
● 赤外写真は熱を写している。
なんてな事をホントに思っている人がいるかどうかわかりませんが、写しているのは赤外線で、それも可視光の延長的な近赤外線です。
たしかに熱を発する物は光も発し、赤外線も発しますが、スパイ映画で見るような熱源探知みたいのと赤外写真はまったく異なります。赤外写真はサーモグラフィではありません。
また、健康器具や暖房器具で良く耳にする遠赤外線なんていうのも、赤外フィルムの分光感度よりずっと長い波長の話です。
などと、つらつらと書いてみましたが、また何か思いついたら書き足します。
露出の決め方についても赤外写真の難しいポイントではありますが、これは後のページで書く事にします。
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