プリントサイズ

いつだったか、プリントサイズについて何処かに書いた時、ボクはあまり大きなプリントというのが好きではないような意味合いだったのだが、それはやっぱり見た目シャープな画が好きだからかも知れない。
それは絵画には無いものであり、写真ならではという部分でもある。
135フォーマット(普通の35ミリフィルムの事ね)では、プリントサイズは5x7.5インチにしている。つまり、127ミリx190ミリほどだ。
フルフレームだと、36ミリの幅から190ミリに引き伸ばしているのだから、(リニアでの)引き伸ばし倍率は約5.3倍くらいになる。
この倍率だと、56ミリx56ミリの6x6フォーマットからの引き伸ばしサイズは、およそ295ミリx295ミリ、つまり約11.5インチであるが、この5.3倍というのはシャープさを優先するとやや伸ばしすぎである。
ボクは単に経験的に5倍が限度かなぁと思っていたのだが、ちょっと計算してみるのも面白い。ただし、ボクは数学が苦手であるので素人の算数だ。

一般に、普通の視力の人間がこれ以上シャープでも違いを見分けられない限度は7〜10LPMだと言われている。簡単に言うと、1ミリの中に7〜10本の線までなら違いを識別出来るという意味であり、それ以上の線があっても意味がないという事らしいのだが、実際には、20LPMくらいまではなんとなくシャープだと感じられる事があるらしい。まぁ、間をとって13LPMくらいが目安としての限度という事にしますか。

さあ、1ミリに13本の線である。ここで何故か、1280万画素を謳うフルフレーム35ミリのデジタル1眼レフカメラ、キヤノンEOS5Dを例に取る。
1280万画素が24x36ミリのフォーマットを埋めていると考えるとスゴイ感じがするのだが、単純計算だと直線上1ミリに121個の画素数である(やっぱりスゴイな)。
しかし、線を形成するには明暗それぞれ最低でも1個の画素のペアが必要なので、理論的に可能な解像力は60LPMである(オレは素人だが、そういう事になるのだと思う)。
撮像素子上、1ミリに60本が解像限界。
1ミリに60本の線というとスゴいような気がするが、これは横幅36ミリの35ミリフィルムフォーマット上での話である。これを、プリントでは引き伸ばす事になる。
さて、先に出てきた、1ミリに13本の線までなら引き伸ばしてもシャープさを維持出来るという基準に照らし合わせると、60を13で割って、約4.6倍が引き伸ばし限界になる。
プリント上の画像のサイズとしては、110.4ミリx165.6ミリ、つまり4.34インチx6.52インチにしかならない。
仮に8x10インチ強(多分デジタルだとA4用紙を使うんだろうけど)の紙に、横幅280ミリ(印画紙の縦横比に合わせてトリミングしてる事になる?)で印刷する(プリントというより印刷だろ)と、1ミリあたり7.7本ほどしか解像出来ず、普通の視力の人間が解像する限界の下の方ギリギリしかない。
つまり、EOS5DをもってしてもA4プリントがシャープさを優先するなら目一杯のサイズであるし、13LPMというのを基準にするなら、すでにもうボケているというか、インクの滲みなどを無視するならなんとなくドットが見えちゃうのである。

もちろん、60LPMというのは単純計算の理論上の話である。デジカメではローパスフィルターによって解像力が低下するし、そもそも実際の撮影では、カメラブレ、被写体ブレ、ピントの不正確さ、空気によるぼやけなどによって、撮像素子の理論値など絶対に出ない。
レンズの解像力云々を言うと、135フォーマット用の標準レンズなら、今どきの普通の標準レンズなら50LPMは楽勝であるが、それでせいぜいがどっこいどっこい。高性能と言われているレンズなら80LPM、あるいは100LPMをたたき出すモノもあると言うから、EOS5Dごときではレンズの解像力に全く追いついていない事になる。

さて一方、銀塩フィルムだが、適切に現像処理された中庸感度のモノクロ微粒子フィルムはもちろん、カラーリバーサルフィルムや高感度のカラーネガフィルムでも120LPM以上は当たり前である。ネオパンアクロスなんぞ200LPMを謳っている。フィルムでは今のところ、レンズの解像力がフィルムのそれを下回っているし、逆転する事はないのだ。
デジカメ小僧がレンズの解像力云々を言っていたら、当面は鼻で笑ってやってよろしい。しかしもちろん、フィルムであっても実際の撮影では100LPMなんて出せないので、最高水準のレンズであってもその解像力を完全に発揮する事なんて無いのだ。完全には発揮出来ないが、もちろん、元々解像力のないレンズよりは遙かにマシではある。

さて、フィルムの場合はデジカメと違って素子側(この場合銀画像)の解像限界によって引き伸ばし倍率が制限されるワケではない事が分かった。先にレンズの限界が来るのである。
仮に、優秀なレンズを使って注意深く撮影した場合、フィルム上に70LPMを得られるとする。プリント上で13LPMを求めるならば、この場合の引き伸ばし倍率は約5.4倍である。先に、ボクが5x7.5インチに引き伸ばしていると書いたが、これが5.3倍だから実にいい線を突いている(自画自賛)。
しかし、実際には70LPMは得られないケースがほとんどだろう。さまざまなブレや空気によるぼけ、フィルムの平面性などによって、50LPMとかそんなもんだろうと想像する(実はデジカメはフィルム平面性の問題がない点では有利なのだ)。 せいぜい頑張って5倍の引き伸ばし、というのが妥当だろうと想像する。そして引き伸ばしレンズを経る事で解像力はさらに低下するのだから、5倍でもやっぱり厳しいのだ。

もちろん、言うまでもなくカメラや被写体がブレていたら意味がないのである(ツアイスによると、スナップ撮影で30LPMを越える事は希だそうだ)。
ガッチリ三脚を据えても、風景などで遠景を撮ると空気中のもやによって実際の解像力はガクンと低下する。ウチから見る富士山だって、日によって全然解像具合が違うしね。

さて、レンズが最高の解像力を発揮するのは、一般に絞り開放から2〜3段絞ったところだと言われている。これは撮影レンズも引き伸ばしレンズも同じである。
これが何故かを簡単に言えば、理想のレンズというのは絞り開放で最高の解像力を発揮するのだが、各種収差によってそうはならない。収差を減らす為に絞り込んでいく必要があるのである。
一方、理想のレンズが開放で最高の解像力を持つのは、絞り込む事で回析による解像力低下が起こるからである。つまり、絞る事による収差の減少と、回析の増大がバランスしたところがそのレンズの解像力を最大に発揮する絞り値であり、それより開放に近ければ収差が、それより最小絞りに向かえば回析が、解像力を落とすより大きな要因になるわけだ。
収差が多く、その解決により小さな絞りが必要なレンズは、回析による劣化とバランスする絞りが小さくなる(絞り値が大きくなる)。逆に、収差の少ないレンズは開放により近い絞りで最高の解像力を発揮するというわけ。

ところが、これは平面を平面に投影している時にだけ言える事で、すなわち引き伸ばしレンズでの話。撮影レンズでは、被写体が平面であれば同じだが、大抵は立体(奥行きのある風景なども含む)なので、レンズが最大の解像力を発揮する絞り値では被写界深度が足りない、あるいは深すぎる事があり得る。
そこで、回析による解像力低下はガマンして、被写界深度を稼ぐために絞り込む、あるいは逆に、収差による解像力低下をガマンして大絞りを使うなどするので、ますますレンズの最大解像力など発揮出来なくなる。いくらf5.6で最大に解像力を発揮するレンズでも、f16まで絞らないと必要な被写界深度が得られないなら、ピントの来ている部分以外はからきし解像してないわけだからしょうがない。
さらに、被写界深度が浅いと言う事は焦点深度も浅いので、フィルム平面性によるピントのズレが解像力を低下させるため、どうにもこうにも理想値は出ない。焦点深度を稼ぐためにも絞り込まなくてはならず、大体において、現実の撮影ではある程度の回析をガマンせざるを得ないのだ。

★  一方で、こうした現象に回析は関係ないという見方もある。回析が重要な位置を占めるのは一般にレンズに設定されている絞り値よりも小さくなった場合、例えば135フォーマットではf22以降などで、中間的な絞り値で最大の解像力が得られるのは、収差の補正が使用頻度の高い絞り値で最大になるようなレンズの設計によるというもの。これにも信憑性がある。

そして、またまた引き伸ばし倍率だが、観賞距離が同一の場合、被写界深度は引き伸ばし倍率によって左右されるため、大伸ばしのために被写界深度を稼ぐ、すなわち絞り込むと解像力が低下するわけだ。
時々、これこれのレンズは解像力が高いから全紙もイケル、これだけ伸ばしてもシャープ、なんてな事をふかしているヤツがいる(特にライカとは言わんが)けど、まったくのデタラメである。そういう次元でレンズの解像力なんか屁の役にも立たない(ライカのレンズが優秀な事は確かだろうが、モノには限度があるぞっていう話)。

おっとイケナイ、またまたライカ小僧批判になってしまった(笑)。話はそうではない。
被写界深度にしても、解像力にしても、大きく伸ばしても遠くから見れば同じなのだが、(ビルの上の看板みたいに)遠くからしか見ないならともかく、近くに寄れるのであればプリントサイズが小さくてもやはり同じなんである。
あんまり小さいと、解像したい部分が視力の限界で解像出来ないから無駄であり、存在感にも欠ける。135フォーマットなら5〜6倍、6x6なら4〜5倍くらいというのが、いい線だと思うんだな。


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