スナップ写真
いつの頃からか大流行であります、「スナップ写真」。
なんだか、「お散歩写真」なんて事が言われはじめた頃だったかも知れないけれど、そういえばメーカー各社が高級コンパクトカメラを続々投入したり、クラシックカメラブームがあったり、スーパーハイテク一眼レフへのアンチテーゼなのか、小型でいつでも持ち運べるけれど質感があって、道具としての魅力にあふれたカメラが人気になりました。
でもって、写真家の荒木氏やヒロミックスなんてのがブームになったり、ちゃっちゃと感性で撮った何気ない日常風景や昔で言うトマソンみたいのとか、写真文化の裾野が広がったのかも。
「スナップやってます」とか「○○スナップ」とか、「スナップ写真」という言葉がある種の写真ジャンルとして、曖昧だけれど認知されてきたみたい。
時々「スナップ写真の定義って何?」みたいなハナシがされることもあるみたいだけれど、別にJIS規格にあるわけでもないしね、好きなように解釈すればイイとは思うのだけれど・・・。
とか何とか言いながら、ボク自身は昨今使われているような「スナップ写真」あるいは「○○スナップ」には強い違和感があります。
作者が「スナップ」と言っているモノの、多くの場合それは「ストリートフォトグラフィ」と本来呼ばれて然るべきだと思うのです。
あるいは、「スナップ=屑」。そのどちらかです。
「スナップショット」を辞書でひくと、即興的な撮影、早撮り、などと出てくるかも知れません。
手首のスナップを利かせて、なんていうアレ、でしょうか。
なかなかに当を得た言葉の表現ではあります。
思いついたモノ、目についたモノを即座に撮影する・・・ふむ、多くの場合、ストリートフォトグラフィもほぼ同様かもしれません。
では、両者の違いは何か?
ボクの解釈は、「スナップ写真は撮影意図に芸術性・創造性を伴わない」です。
別にバカにしているわけではありません。
ボク自身、ものすご〜くたくさんのスナップ写真を撮ってきましたし、これからも撮るでしょう。
自分で自分のことをスナップシューターと言っちゃうくらい、しょうもない写真をたくさん撮ります。
ですが、それらは写真作品としてはまったく意味のないクズです。
旅行写真、記念写真や思い出写真、話のネタ写真かもしれませんが、写真作品では全然無い。
そのクズの山から、もしかしたら芸術性を秘めた傑作があるかも知れないけれど、写真作品として撮影時に意図されたモノはスナップ写真ではないんです。
この違いを見分けるのは難しいです。
街角スナップとストリートフォト、人物スナップとキャンディッドポートレート。
その差はなかなか分からない。
ですが、そこにある質、求められるセンス、撮影意図、表現手段、投入される技術、知識は全くの別物、あるいは別次元だろうと思います。
別に日本人が英語表現に気を使う必要はないと思いますが、スナップショットという言葉を写真作品の1ジャンルとして使うなら、それは大きな間違いです。
英語でスナップショットという場合、それはいわゆるクズ写真を指して言う事がほとんどで、「スナップ写真にはもううんざり」「スナップの域を出ない」など、芸術性、独自性、技術共に未熟で稚拙なモノを評して言う事が多いようです。
「スナップ」という表現を避けてか、瞬間を捉えるような撮影を「グラブショット」と呼ぶ事もあります。
こういう時代だから、インターネットには写真のブログサイトがゴマンとありますね。
日々垂れ流されている「スナップ写真」の類を見て、その中のいったいどれだけに、高い意識としての撮影意図があり、より優れた表現のための構図や画面構成の仕掛けが織り込まれているでしょうか。
甘いピントや、画面内の意味のない要素、無駄な空間、目障りな線や面。
「撮ったときにはよく考えてませんでした」なんていう言葉を、いったいどれだけ頻繁に聞いたり目にしたりするでしょう。
それこそ「スナップの域を出ない」写真群と、低質を寛容し共有する緩い環境に、ボクらは慣れすぎているのではないかと思う事があります。
冒頭に、スナップ写真によって写真文化の裾野が広がったと書いたけれど、拡散と低質化はほとんど同じ意味です。
もちろん、言葉の使い方は人それぞれだから、日本で「スナップ写真」というジャンルが広く認知されているように、「スナップもある種の芸術作品である」と言う向きもあるでしょう。
1枚1枚が屑スナップでも、群として文化たり得るのも写真だし、1人の作者の製作であっても同様。
しかし、一般的にスナップはスナップ。写真作品作りを意図する者が、「スナップやってます」と言ってはカッコウがつきません。
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