ところで、なんでモノクロ写真なの?
という実に当然な疑問がある。
「モノクロームの美しさ」「カラーとは違うイマジネーション」
とかなんとか、いろいろとモノクロならではの芸術的価値がありそうだし、まぁ、そういう事なんでしょう。
実際、ボクも作品として鑑賞する素晴らしいモノクロ写真は大好きで、カラーより優れているとかどちらがいいとかは思わないけれど、もしかしたらモノクロの方が好みかも、とは思います。
でもボクが初めてモノクロ写真をやってみたのも、今回またやってみようと思ったのも、理由はそうした美的な部分からはちょっと外れています。
実際、ボクが以前にやっていたレベルのモノクロ写真は、美しさからはほど遠いものでした。あまり美しさも求めてなかったですし。
では何故か。
1) 安い
2) 自分で出来る
以上の2つが主な理由です。いやまぁ実際、理由の全ては上の2つです。
「安い」というのは、以前写真をやり始めた頃、カラーネガに始まりカラーリバーサルになりしていくなかで、月に10本の36枚撮りフィルムを消費していた頃はともかく、これが月に20本になり30本になってくるともう、フィルム代・現像代だけでウン万円。
薄給サラリーマンにはとてもじゃないけどまかないきれなくなってしまったんです。
そこで目を付けたのがモノクロフィルムの安さ。
でもって、自分で現像すればもの凄く安いと言うことに気が付いたわけです。
「自分で出来る」というのは、実はカラーに対しての比較でもあります。
「なんでモノクロなのか?」と言う問いかけは「なんでカラーじゃないのか?」とも置き換えられます。
写真表現として、モノクロなのかカラーなのかは深い深いテーマです。
ボク自身はどちらかというとカラーがよいと思ってます。
だって、世界には色があるんですから、色のないモノクロ写真は「よりウソっぽい」とボクは思うんです。
カラーだってウソっぽいですけどね、比較したらのハナシです。
だからホントはカラーがやりたい、でも、カラーの自家処理は「もの凄く大変らしい」のです。
だからモノクロ写真なんです。
なんだか「だらしのない理由」ですね。
「自分で出来る」ってことのもう一つ、と言うよりホントの意味は、「自分の写真」にするためです。
最初にカラーネガから写真を始めましたが、撮影したらフィルムはお店で現像してもらいます。でもって、同時プリントが一緒に帰ってきます。
気に入ったカットがあったら、またお店にネガを持っていって焼き増ししてもらうわけです。
なんだかちょっと暗いなぁとおもったら、「もう少し明るくプリントしてください」と言えばやってくれます。
「もう少し赤味を強くプリントしてください」とか「濃くプリントしてください」とかいろいろ出来ちゃいます。
そこでハタと気が付きました。「手に入れたプリントはオレの写真なの??」
これではダメだろう、カラーネガは「ウソだろう」と思ったわけです。
もちろん、違う考えもあると思います。
カラープリントを見せて「わたしが撮った写真です。わたしの写真です」と言い切れる方もあると思います。
カラーネガフィルムの現像は、大抵のお店がフィルムメーカーの基準に従った現像処理をしますし同時プリントも機械が自動的にやりますから、同時プリントは確かに撮影した人から仕上がりまで一直線です。
でも、「もうちょっと明るくプリントしてください」と何かを指示して焼き増しプリントを頼んだことのある人なら、どれだけ違う結果を出すことが出来るかに驚いたりするのではないでしょうか。
あるいは、ちょっと高いですけど手焼きプリントをしてもらうと、同時プリントとは格段に違うプリントが得られますよね。
同時プリントでOKな人はまぁOKなんでしょうが、撮った写真を作品としてちょっとでも考える人なら、同時プリントで「ハイ、OK!」とは思わないはずです。
それだけ、ネガからのプリントは自由度があり、最終的なプリントとしての作品に占める割合が大きいんです。
その大切な部分を「誰か他の人にやってもらって」おきながら「わたしが撮った写真です。わたしの写真です」と言い切る図々しさはボクにはなかったんですね。
プロの写真家や(本当の)ハイアマチュアが、プロフェッショナルなプリント技術者と密にコミュニケーションを図りながら仕上げる作品はまったく別の話です。
ただお店にフィルムやネガを持っていって、「もうちょっと明るく」とか言ってるアマチュアは、まだ「自分の写真を手に入れたことがない」のだとボクは思います。
(もしこれを読んでいる貴方がそうならゴメンナサイ)。
そこでボクは、リバーサルフィルムに移行しました。
リバーサルはポジフィルムです。フィルムを現像してもらえば「スライドとして作品が完結します」。
もちろん、現像処理はフィルムメーカーの基準に沿って行われるので、そこに「人為的な作品づくりが関与しない」わけです。
多くの人はポジフィルムをもって「自分の作品である」と胸を張れると思います。ぼくもそう思います。
ポジフィルムは「フィルムの選択から撮影まで」でほぼ全ての作品づくりが完結しているからです。
もちろん、リバーサルフィルムの現像でも増感や減感などの操作ができますし、ボクみたいなアマチュアですら必要や表現に応じて依頼してました。
ですので、ここでカラーに邁進しても良かったわけです。
が、そこでボクが抱いた疑問、それは「どうやって人に見せるの?」というものでした。
「わたしが撮った写真です。わたしの写真です」と言って差し出すのは、何センチ平方メートルかの小さなプラスチック枠に収まったフィルム。
ライトボックスとルーペを添えて渡し、「どうこれ?良く撮れてるでしょう?」などと言うわけないですよね。
そこでポジフィルムから紙にプリントする「ダイレクトプリント」というものが登場するわけですが、これはハッキリ言ってあんまり良くない。
非常に硬調で、人によっては美しいと思う方もいると思いますが、ボクはハッキリ言って好きじゃないです。フィルム上にあるものの多く、せっかくの美しいものの多くが失われてしまっています。
インターネガという方法で、ポジフィルムをいったんネガに写し、それからプリントする方法の方が優れていますが、ここでプリントの自由度という「他人の関与」が再び顔を出します。
ダイレクトプリントですら「もうちょっと濃くプリントしてください」とか出来ちゃうんですもん。
もうおわかりでしょう。
「自分で撮影して自分で現像して自分でプリントする」。
これがボクの考える「わたしが撮った写真です。わたしの写真です」と言い切れる条件なんです。
でなければ、「わたしが撮った写真です」でとどめておくべきだと思います。
ちょっと考えすぎだよ〜と思うかも知れませんが、ボクがモノクロ写真を始めたときに写真仲間の一人が言いました。
「そう言うなら乳剤も自分で作らなきゃならないだろう?」
ボクは、それは考えすぎだよ〜と思いました。
ボクの発想くらいのものは「まぁ妥当な考え方なんじゃないの?」と思ってます。
ちなみに、その頃はデジタルカメラがまだ一般的でなかったので考慮に入ってませんでしたが、撮影してパソコンで調整してプリンターで印刷してっていう流れは、ボクの考えでは「自分の作品」になっちゃいます。
どこにも他人の意志やスキルが関与してないからです。
ポジフィルムはもちろん、ネガフィルムをフィルムスキャナーで読み込んでパソコンで調整しプリンターで印刷するのも同じです。
どちらのパターンでも、プリントではなくパソコンのモニター画面で鑑賞する、または鑑賞してもらうのも同様です。
パソコンのモニターは個々に表示が違うので同じようには見れない、と言う向きもありますが、ボクの考える「ボクの写真」には関係ないんです。
だからデジタルの時代になってきた今は、だれもが手軽に「自分の写真」を持てる時代でもあり、大変喜ばしいと思います。
が、その便利な時代に、ましてデジタル一眼レフカメラを買ったばかりなのに、あえてモノクロ写真にいってみようと思ったのは、デジタルがあまりに簡単で便利すぎるからです。
便利すぎて「実用性が高い」んです。ボクにとっては「実用性が高い=趣味性が低い」という図式が必ず成り立ちます。
ボクはプロではないです。写真はたくさんある趣味の一つです。
ボクにとっての「趣味」とは「実用的でないもの」なんです。
「モノクロ写真はコストが安い」というと実用的に聞こえますが、「世界は色に満ちているのにそれを伝えられないモノクロ写真は実用的でない」んです。
そう思いません? (オレだけかなぁ?)
とか言いつつ、最近はカラーの自家処理も始めてしまったので、この屁理屈にももうひとひねりを考えないとならないなぁ(笑)。
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